2011年8月24日水曜日

動けなくなるのは死んだとき。



こないだバイト先であったちょっとした出来事。




僕のバイト先、アジアンカフェ”クマリ”のキッチンで働いてるHさん(31歳)という先輩がいる。

Hさんは地元密着型系のお笑い芸人さん(ボケ)で、

普段はお笑いライブやったりラジオ出たりしてる。

ちょっと変わった独特の雰囲気な人。




そのHさんとこないだバイト後にビール飲んでたときのこと。(まかないでビール。)

二缶ずつくらい空けて、気持ちよくなり始めたとき、Hさんが、

「おれ来年仕事辞めようかな」

ってつぶやいた。

前にウチで働いてたネパール人が帰ってくるから、キッチンはだいぶ楽になるらしく、それがキッカケで考え始めたらしい。

「一度全部まっさらな状態にしてみたい。お笑いも、相方も、彼女も、仕事も、人間関係も全部リセットして。」

「大阪に行きたい。お笑いで一発当てるとか、そういうのではなく、やっぱり大阪のエネルギーに魅力を感じる。」

31歳のHさんの同期の人たちは、だんだん”守り”に入り始めてしまったらしい。

家庭や社会的地位、安定や老後、そういうシガラミに飲み込まれて、

積み上げてきた守るべきものも増えて、だんだん足が重くなる。

それを否応無しに感じてしまうからこそのリセット。

そんなことを言っていた。




31歳。

もうすぐ21歳になる自分にとって、それはちょうど10年後。

10年後の自分。

確かに明確なイメージは及ばない。

けれど、なんとなくだけど、Hさんの言っていたことはわかる気がする。

守りにはいることを一元的に批判したい訳じゃあない。

ただ

この与えられた、一度きりの人生を、

刺激もなく想定外もなく挑戦もなく終えてしまうことには

恐怖すら感じる。




”フットワークは常に軽く。”

自分の中でこれは一個のキーワード。

心の中の 大事な言葉フォルダ に保存しておきたい一言。

動けなくなるのは死んだとき。

それでいいじゃん。

ぺろり。

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