2012年10月19日金曜日

チームキリマンジャロの栄光 前編


プロローグ「僕らがキリマンジャロを登ることになった経緯」



『9月12日 アルーシャ集合』

チームキリマンジャロ結成から1年と4ヶ月、月日が飛ぶように過ぎるとは正に此の事、といった具合に「その日」はやってきた。

1年4ヶ月、メンバー各々が、各々の壁を乗り越えてきた。




おぎのは3月2日に中国に入り、チベットやネパールの過酷な山稜を越え、インドではヨガを体得した。イランではイスラムの優しさに触れ、ヨーロッパではスキミングで50万円を失い一時期帰国を本気で考えたそうだ。様々なトラブルを乗り越えながら彼は冒険してきた。








たかとは自分のやりたい事を本気で見据え、薬学部から経営へ転部を試みるもまさかの失敗。「留年万歳」などと自虐的タイトルのブログを書く傍ら、大学の友人達とカフェ経営を本格的に考え始めているそうだ。合流まではトルコに始まる一人旅を経験してきた。




三原は休学前半は全身全霊でバイトに臨み、長年の夢だった「旅」の資金を貯めてきた。8月の最終日にケニアで合流した時に、ウガリが苦手、ということが判明するも、ケニア山登頂をウガリと共に果たしてきた。

正直に言うと、僕は今回のキリマンジャロ登山、結局流れるんじゃないかと思っていた。好奇心旺盛で多感な学生時代である、こんなぶっ飛んだ約束を皆はどこまで本気にしてくれているのだろうか、そんな気持ちは少なからずあった。それもあって、4人が登山前日12日に無事アルーシャで集合できた瞬間はニヤニヤが止まらなかった。
僕とおぎのにとっては今回の登山がちょうど旅に出て6ヶ月目、即ち前半戦ラストかつ後半戦スタートということもあり、『ここが旅の一つの「ピーク」』と、イイ感じに気持ちが高まっていた。

『9月13日より5泊6日・マチャメルート($850(+チップ$110)/1人・道具レンタル無料)』

これが、もうすっかり顔馴染みとなったツアー会社『Sunbird』で僕らが申し込んだキリマンジャロツアーだ。登頂率の一番高い「マラングルート」ではなく、あえてのチャレンジである。誰一人として自分の登頂を疑う者はいなかった。

前日のうちにローカルバス(ツアー代に含まれてる)でアルーシャからキリマンジャロ麓の町・モシへと移動する。途中、サバンナを真っ直ぐ突っ切る道の奥に巨大な山が聳え立つのが見えた。頂上付近は氷河に覆われ、夕日を眩く反射している。雲が地上に随分近づいて見えるほど、かの名山は堂々と佇んでいた。

モシの宿に到着後、ブリーフィングなる事前ミーティングを行った。メンバーは僕ら4人に加え、休学旅中のユキホ、海&山男のトモさん、世界サーファーのキョウコさんという7人グループ。この7人にポーターが14人、ガイドが3人、コックが1人付いて、計25人が僕らと6日間を共にした(ポーター・コックは先に登ってくから実際は10人で登ってる感じ)。ガイドの1人「コロコロ」は思わず笑ってしまうほど胡散臭かった、というか皆で笑った。



そして迎えた当日の朝、修学旅行前夜以上に興奮で寝付けなかったせいでまだ重い瞼を擦りながら準備を進めた。メルー山の反省を最大限に活かし、今回は必要最低限の装備と大量のチョコレート(これ重要)だけを鞄に詰める。道具のレンタルは想像以上に充実しており、サンタクロース帽子まであった(ちなみにこれはたかとがかぶることにしてた)。



モシから登山口までは車で小一時間ほどで、「マチャメ」と書かれた看板付近には50人近く登山者が出発を今か今かと待ち構えていた。昼食に渡されたランチボックスはメルーの時と違って本当に「ボックス」で、中には肉たっぷりのハンバーガーとチキンが入っていた。「実に分かってらっしゃる」、口々にそんなことを呟きながら早くも夕飯に期待を寄せる一行であった。



そして、遂に、登山開始。代わり映えの無い鬱蒼とした、森に挟まれた一本道を淡々と進む。メルー山からまだ2日しか経っていないので足腰の筋肉痛がそれなりに厳しいが、おぎのの「チャイニーズマッサージ」のおかげで幾分かマシになっていた。ちなみに彼はこの技で幾人ものコリアンガールを射止めてきたそうだ。侮れない男である。





初日のキャンプには夕方到着した。3000m位だっただろうか、霧が一面に立ち込めている。先に到着したポーター達がテントと軽食の準備を済ませてくれていた。山盛りのポップコーンは実に粋な計らいである。ポップコーンなんてのは映画館で稀に食べるハイカラな菓子だと思っていたが、山で食べるそれもまた格別なのだ。



テントは3張りしかないので、2・2・3という風に毎晩グループ分けをした。グループ分けジャンケンの時の掛け声というのは地域差が出て実に興味深い。新潟の僕の地元だと「グーッチグーッチグーウッチ!(グーとチョキ)」、市内だと「グーログーログーロッパ!(グーとパー)」といった風に結構プチカルチャーショックだったりする。ちなみにユキホは「グッパージャス!」と言う派らしく、その日から僕らの中で「ジャス!」が流行語になったのは言うまでもない。



登山の朝は頗る早い。昨晩深夜から雲が晴れたようで、2日目の朝は冷気で澄んだ空気が心地よい水晶のような朝だった。ふと太陽を臨むと、キリマンジャロの頂上付近が、白雲を従え壮麗な稜線を見せていた。初めてハッキリと姿を見せたかの名山の全貌に目を細め、山を指して「神の家」と名付けた古人の心持ちにあったのは畏怖であろうか、憧憬であろうか、などと思いを馳せた。





次のキャンプ地まで800m、これがこの日の行程であった。地上より沸点が下がる高山では水分の蒸発が早い。気づかないうちに脱水症状を引き起こすこともあるため、喉の渇きに関係なく水を多めに摂取することになるのだが、凄まじいペースで尿意が訪れ続けた。周囲の植生が変わり始めた頃には、振り返ると雲海が広がっていた。雲の上を歩いている感覚は何度経験しても飽きることない。筋肉痛と疲労の蓄積した足も幾分か軽くなるというものだ。







正午過ぎには最後の崖を乗り越え、標高3800mの開けた場所に到着した。今朝眺めていた頂上の山稜が随分と近づいていることに驚く。もうこの時点で富士の頂より高いと思うと不思議な気持ちになるし、ここからあと2000m登ることを思うと多少憂鬱な気持ちになる。相変わらず美味い下界のレストラン顔負けの昼食の後、良い具合に日光で温まった岩の上で昼寝を楽しんだ。













午後になり立ち込めた霧が晴れた夕時、南西の彼方にメルー山が見えた。ほんの数日前に立っていた場所が、優しい茜色に包まれ、徐々に夜に溶けてゆく。キリマンジャロから臨む夕景のメルー山は、まるで違う山のようで、それでいて親しみが湧くようで、率直に美しかった。メルーに登っていなかったらこの感慨はなかった。ただ山があるね、程度で終わっていただろう。それだけにその夕景は自分にとってなんだか大切な気がして、闇が落ち完全に見えなくなるまで見続けていた。









3800mの朝は寒い。いくらこの時期タンザニアは夏とはいえど、フリースを余分に着込まねばならぬ程に空気は冷たい。が、その代償なのか、キリマンジャロの山稜を這う白い氷河は美しく、朝日に照らされるメルー山は美しい。インスタント珈琲も2割増しで美味しく感じるというものだ。



3日目は高山順応日だった。4700mまで登った後再び3800mにある別のキャンプに移動する、という何とも気分の上がらない行程。歩き出す前から足が重い。





4700m、順応日でメルー山の最高峰を越えてしまうというのが流石キリマンジャロといったところである。道中の道は岩の合間を縫うような灰色の砂利道。メルーの悪夢が思わずフラッシュバックするような景色だ。今日はまだ高山病大丈夫だろう、とは思っていたが、油断慢心は大敵、多分に水を飲むよう心がけた。





総尿排出量が1,5Lを超えた頃だろうか、坂道は終わり、なだらかな傾斜と平地の砂利が広がる場所に出た。下ばかり見ていると彩度が低い景色は若干味気ないが、上を見上げれば真夏の蒼穹よりも黒々とした空の青が迫ってくるようだった。一行から少し離れ、ここぞとばかりにフル充電のiPodから流れる音楽に耳を澄ませる。腕を伸ばし深呼吸した時にTシャツの中を泳ぐ風が心地よかった。





4700m地点で30分ほど休憩。立ち止まると汗が冷え若干肌寒いので、岸壁に囲まれた日当たりの良さそうな場所を探す。ランチボックスの中身は食料切れを一瞬疑いかねないレベルで、メンバー全員少なからず気落ちしていたようだった。





そこからは1000m近い下り坂。登りと下り、どっちも辛いのだが、下り坂の膝への負担は相当のもので、「ああ、また明日この下った分をどこかで登るんだろうな」なんて思うと憂鬱でしょうがない。途中からは辺りが霧がかり始め、その中を淡々と下り続けた。地面がぬかるんでいる箇所も多々あり、滑らないよう注意深く足を進めていると、案の定というか、他のヨーロピアングループに派手に転したケンタッキーおじさんがサングラスかけたみたいなオッサンがいた。まだ3日目なのに登山スティックが折れていた。そのオッサンの険しい表情で降りていく泥まみれの背中を見つめながら、随分とハードボイルドだな、なんて思った。その時から流行語が「ハードボイルドだな」に移行した。



断崖に挟まれたキャンプサイトも霧に覆われていたが、夕食後歯を磨いていると、頂上らしき白い山の先端が顔を覗かせた。一面真っ白なせいで夕時だというのを忘れていたが、その霧の切れ間から見える景色だけは茜に染まっており、なんだか山が浮いているような、不思議な光景だった。




(つづく)

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