2012年7月31日火曜日

古着のギコンバマーケット~衣料支援について考えてみた~


ヒルトンホテルなどの高層ビルが立ち並び、「ブラックロンドン」とも揶揄される(ほんとか?)ナイロビ中心街。そこから徒歩で15分ほどの場所に位置する『ギコンバマーケット』と呼ばれる巨大な市場へ行ってきた。

南アのヨハネスブルグに次いで治安が悪いとされるナイロビ、街中を歩くのはなかなか緊張するもので、曇り空の下、街行く人々に道を尋ねながら向かうギコンバへの歩みは自然と速くなる。他に旅行者の姿は無く、完全にアウェー。「チンチョンチャン!」とちょっかい出してくる奴を無視して歩くが、周囲からの視線を絶えず感じる。

ギコンバ到着前からスラムっぽいマーケットが始まった
ギコンバの第一印象は「デカイ」。

「日曜日は物が多く集まる」と聞き、日曜の昼ごろ赴いたのだが、物だけじゃなく人も多い。道端で大音量で流れるレゲエ、排気ガスやら生ごみやらで淀んだ空気、マーケットの客引きが張る大声、雑踏とその中に入り込もうとする車や単車...さながらインドを彷彿させる情景のようだが、ギコンバでは見渡す限り黒人。この活力、このカオスっぷり、イメージしていた「アフリカ」に出会った気がした。

ギコンバはスラムっぽいエリアに広がるマーケットで、床にビニールシート一枚敷いて商品を並べている者から、一応屋根のある露店、歩きながら物を売る者、と、何でもアリ状態。治安はお世辞にも良いとは言い難い。夜なんか絶対来たくないような場所。

売ってる物は古着が圧倒的に多く、それ故にか住み分けも進んでいた。下着、半袖Tシャツ、セーター、ジャケット、バックパック、子供服、靴、・・・中にはぬいぐるみばかり集めた店もあった。



スーパーのセールのカートよりも乱雑に積み上げられた古着の状態は想像以上に良い。日本で着る分にも問題ない程の物も多く、日本ではプレミアつくような掘り出し物も数多く見受けられた。

そしてなんたって、安い!ビニールシート一面にこれでもかというほどに広げられたジーンズが全品10Ksh(約10円)の場所もあった。基本的にfixed price(定価あり)というのも交渉の手間と煩わしさが無くて良い。

大量に仕入れて日本の友人に10倍値で売りさばこうか、っていう腹黒いアイディアが一瞬浮かんだくらい、日本の古着と何ら遜色ないデザイン性の高い物も多く、古着好きの僕には宝の山、いや、宝の町だった。



規模でいったらエチオピアのマルカートには劣るだろうが、古着の量・種類はギコンバの圧勝だろう。カバンエリアで韓国の幼稚園リュックを見つけ、その裏に名前が書いてあったのには笑った。こんなものまであるのか、と。

これだけ多くを一体何処から集めてきたのか、そう不思議に思わずにはいられない。聞いてみると「ドバイや中国から無料同然の値段で輸入する」のだと言う(真偽の程は不明)。



















そんなギコンバマーケットで古着を漁ってるうちに、気づけばかなりの時間が経っていた。楽しすぎる。結局買う予定も無かった物(ジーンズ、ジャケット、シャツ)を購入。バックパックに入んねえよどうしよう。






と、そんなギコンバショッピングだったわけだが、少し考えさせられたことがある。

出国前、大学のファッションサークルの先輩に「アフリカの貧しい人たちに古着送って支援ってできないかな」という話を持ちかけられた。毎年大学祭で古着販売をしていて、そのあたりで何かできないか、という提案だった。

結局その話は忘れ去られてしまったわけだが、一般的な衣服の援助物資としての活用はなかなか難しいのではないだろうか、と思う所が多々ある。

第一に衣服が不足している「アフリカ」とは何処なのか、ということ。ギコンバでは間違いなく衣服製品は飽和していた。まだアフリカ大陸5カ国目だし、偏った観光地しか訪れておらず、何一つ断定できない僕だが、今までのところ「着るものがなく困っている」といった人には出会わなかった。現金収入がどんなに低かろうが、服を着ていない、という人はいなかったし、また、洋服を着る文化のない部族社会に暮らす人々だっている。

もちろん服が手に入らない人だっているだろう。ただ、そこまでの状況下において優先されるべきは衣服より食料や医療などであろうということは想像に難くない。貧困地域の大半を占めるとされる乾燥地帯では、水だって満足に手に入らない。そんな土地で洗濯が必要な服を何着を持つことは合理的とは思えない。

ギコンバに関していえば、あからさまな飽和は供給の多過を表しているように見える。10Ksh(アボガド2個と同じ値段)で服が一着買えるのだ。どんな低所得層でも購入自体は可能だろうし、ケニアのこの一帯に関していえばこれ以上の衣料支援は必要ないだろう。

衣服の支援(衣服に限らず、ではあるが)において一番難しいのは地元の繊維産業との折り合い、だと思う。衣服が物資として価値を成す地域、つまり表面的には援助が成立する地域には、その需要に応える地元の繊維産業があるはずだ。事実、先日見学させて頂いたNGO職業訓練校では、ターゲットが異なる(メインの搬入先は日本人だそう)とはいえ、衣料製品製作の指導を行っていた。そんな場所に、ただでさえ安くドバイ・中国から仕入れられた大量の商品が流れてきたらどうなるか。ブランド価値を高める・搬入先の指定など、クオリティ・戦略的な部分で勝負しない限りまず勝ち目はないだろう。衣料援助物資が万一そこに横流しされていたらなおさら、である。

マズローは人間の欲求を五段階の階層として理論づけたが、根底となる「生理的欲求(飯とか排泄とか睡眠とか)」を達成した次の段階、即ち「安全の欲求」に至り初めて生まれるのが物欲などの欲求であるとしており、そこに生まれる需要が産業発展の鍵の一つなのではないだろうか、と思う。

発展可能な安定した産業の確立は雇用を生み、そこには貧困からの脱却、という道筋があるように感じる。「貧しい人のために」と施した援助がその芽を摘んでしまうのは皮肉としか言い様がない。「何かイイことしている」、そんな気分を味わいたいっていうのはボランティアにおける一番の弊害だろう。善意がいつも正しいとは限らない。


とはいえ、ギコンバマーケットでは大きく金銭が動いているし、実際これで生計を建てている者も数え切れないほどいる。ただ、持続可能な発展、というところに焦点を当てたとき、この場合では衣料の援助だが、物資の援助というのは必ずしもプラスの効果をもたらすとは限らないのではないか、と思う。(古着の整理・仕分けって実際すんごい大変だしね、災害ボランティアに初めて行った当時中学生の僕はビックリしました、衣服で支援するんだったら日本でそれ売って金送ったほうがいいんじゃないかなーとか思っちゃう、日本でのほうが高く売れるしクソ高い送料も省けるし。)



周辺社会環境・経済状況への理解、支援に先立つべきものなしに「ボランティア」という言葉ひとつで良い気分になってしまうのは本末転倒だろう。
そんなことを考えさせられたギコンバだったし、自分を含めてもっと内省的にも考えなければならないテーマだと感じた。




と、自戒の念も込めて記してみた。浅学な私見なので、間違いは多めに見てやってくださいw





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とはいえ、ギコンバ、おもしろいです。また買い物しに行くつもりー。
6日まで予定ないからウガンダ行こうかと思ったら、今エボラ出血熱流行ってるらしいですね。
致死率50~80%とか怖すぎる。ウガンダ行かれる方はご注意を!

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