♢
バラナシではBABA GUEST HOUSEという日本人に人気の安宿に滞在した。
ここに来るのも6年ぶりで、壁の塗装は鮮やかな青に変わり、ツギハギだらけのソファーは無くなり、最上階には取って付けたようなドミトリーが出来ていたが、屋上から望むガンジス川が変わっていないことになんだか安心した。
川沿いから街中へ入り込むと、ベンガリートラと呼ばれる路地に突き当たる。この一本道がバラナシの観光客が集う通りで、安宿から飯屋、露店、土産屋と雑多な店々が居を構え、牛が悠々と闊歩し、頭上では猿が騒ぎ、実にインドらしい混沌を呈している。
カルカッタからバラナシに到着し宿にチェックインを済ませた後、懐かしのベンガリートラを散策していると、楽器屋でジャンベを叩く男がいた。
浅黒い肌、イカツいドレッドヘアー、獣のような鋭い目・・・となかなかに異彩を放っており、そしてどうやら日本人のようだった。
「休学×旅×医大生」はそれなりに珍しい組み合わせであるだけに、彼が投稿した記事は以前読んだことがあった。「楽しそうな奴もいたもんだな〜」程度に眺めてはいたが、まさかその当人とこんな路地裏で蜂合わせることになるとは、時に世界は驚く程狭く、実に愉快な偶然を提供してくれる。お互い共通点が多かったこともあり、僕らはすぐに打ち解けた。
ある夜のこと。
まだ日中の蒸し暑さが占拠する屋上のドミトリーで、僕らはいつものようにダラダラと雑談に耽っていた。
その日は特に酔いも手伝って、珍しくマジメにお互いの夢やら将来やらを語り合っていた。「安宿の屋上の薄汚いドミトリーで語る」なんていうのは旅人特有の快感を伴うもので、タロー君も僕も強かに酔い、かなりアツくなっていた。
(ちなみに現在も世界一周中の彼だが、そのうちM-Laboで記事を更新してくれるんじゃあないかと期待している。それくらいネタを持った男だった)
そんな時である。
Sさんというロン毛で雰囲気のある旅人さんが、僕らの方にやって来て「ちょっといいかな?」と言った。普段あまり喋るタイプの方では無かったので少し驚いていると、彼はこう続けた。
「僕もね、君達くらいの歳の時インドに来てね、安宿の屋上でアツく話してたことがあったんだ。」
「そしたらね、ある時、そこの宿の従業員がやってきてね、アツくなってる僕の肩を叩いてね、笑いながら言ったんだよ、『Life is joking』って。」
「君たちを見てたらなんだか思い出して、言いたくなっちゃったんだ。今度は僕の番かな、って。それだけ。」
彼はそれだけ告げて、自分のベッドに戻り、いつものようにノートパソコンで作業を続けた。
♢
「Life is joking」
あの瞬間、この言葉に、僕は、そしておそらくタロー君も、ピシンと打たれた。
何かを突き詰めて考えていたり、ガーッと一生懸命であったり、自分の常識で割り切れないモノに出会ったり、そんな時というのは往々にして視界が狭くなりがちだ。
周りが見えなくなり、時に向こう見ずになり、あるいは感情的になり、そんな風に損をした経験は誰にだってあるんじゃないだろうか。
そんな時でも「Life is joking」と言いながらヘラヘラと笑える、精神的なユルさ。これが具体的にどう役立つかは別として、そのくらいの心の余裕はあってよいのかもしれない。
少なくとも僕自身は、今後ぶち当たるであろう不条理に出会った時、そう笑っていられる人間でありたい。
「Life is joking」
数年後か、数十年後か、僕も誰かにそれを伝えられたら、と思う。
0 件のコメント:
コメントを投稿