2013年5月15日水曜日

Cycling Africa 〜DAY 1〜




ウィントフックにやってきた時同様、市街10kmほどの所に検問があった。南アフリカ共和国は銃社会だと聞くから、急に検問が増えたのも納得がゆく。バスだといちいち荷物検査が面倒だった検問も自転車だとスルーされたから、全くいい加減なものである。

二車線の国道も随分と閑散となってきた頃、街中からも眺められた岩山地帯に辿り着いた。当然ながら登り坂である。初日から随分とキツい坂道ではあるが、ゆっくりゆっくりペダルを漕ぎ続ける。スポーツマンのミハラはスイスイと前へ進んで行くので、僕が数キロ後ろから追いかけるような形で走っていた。


チャリダーズ・ハイというものがもしあるのなら、この日の僕はまさにソレだった。ゆっくりと後ろに流れていく景色の中、絵の具のような青の夏空の下、風になびく木々の葉を目で追いながら、蝉時雨に耳を澄ませ、自転車を漕ぐ。ハンドル操作にも徐々に慣れ、下り坂を40km/hのスピードで叫びながら下り、奇妙な形をした岩山をぼんやり眺めた。自転車のギアをいじるのもいちいち新鮮で楽しかった。

このB1道路脇には所々休憩所なる場所が設けられていた。休憩所、といっても葉を広げた大木の下にコンクリートのテーブルとベンチ、そしてゴミ箱があるだけ、といった簡素なものであるが、ナミビアの肌を刺すような日差しから身を隠せるだけでも嬉しいというものだ。本来は長距離運転手用の休憩所なのだろう、時折トラックが停車し、ドライバー同士が雑談を交わすのを目にした。当然、自転車に乗った外人は珍しいようで、よく話しかけられた。


ヘルメットを被っているとはいえ、ナミビアの太陽は実に容赦なかった。じりじりと体中から水分を奪われているのが分かる。60km地点の休憩所で落ち合ったミハラも大分消耗しており、早くも我々は「冷たいコーラ欠乏症」に全身のみならず心まで侵されていた。昼食もクッキーを一袋食べただけである。足に力が入らず、体が変に軽い。末期症状の二歩手前である。

基本的に車しか走らない道路であるから、路傍の標識も車向けで、10kmごとに立てられている。初日の目的地「Rehoboth」まであと10kmの看板を見かけた頃から、急に風が強くなり始めた。途端、10kmが途轍もなく長く感じる。向かい風なんていう自転車にでも乗らないと意識しない現象による拷問が始まった。Lの水が大型ペットボトル内で波打つ度に自転車がふらつく程疲弊していた。


そんな初日から想像を遥かに超えるキツさに耐え、ようやく町に辿り着いたのは夕刻を過ぎた頃だった。ミハラと待ち合わせている「町に入って一番最初のガソリンスタンド」までの道中は風が強すぎて自転車を降りて手で押しながら歩いた。

そうしてようやくガソリンスタンドが見え、ミハラがその前に腰を下ろして待っているのが目に入った瞬間だった。急に自転車が動かなくなったのだ。押しても引いてもびくともしない。自転車整備は専門外であるが、ちょうど声が届かないくらいにミハラとの距離がある。自分でナントカするしかないと、チャリを横に倒してみたところ、あまりの衝撃に一瞬思考が停止した。

「キャリアーが折れてる・・・」

後輪中央部に取り付けられた、荷台を支える金具がポッキリと折れていたのだ。そのせいで荷台部がタイヤに接触しており、二進も三進もいかない状況になっていた。「コレはマズい、非常にマズい」咄嗟にそう感じた。後輪側に積んだ荷物が重すぎたのか、はたまた僕の漕ぎ方が悪かったのか、そんなことはもう問題ではない。荷台が壊れたということは荷物がもう積めないということなのだ。必要のない物は既に散々ウィントフックの宿に捨ててきた。バックパックとギターを丸ごと捨てない限り、もう自転車旅は続行できないのではないか・・・。

可能性として想定してなかった訳ではないが、あまりに早すぎる。まだ初日なのだ。やり場のない怒りをバックパックからぶら下げていた鍋にぶつけ、地面に鍋を叩き付けた。もちろん、自転車が直る訳でもなければ、風が弱まる訳でもない。


とりあえず荷物を全て取り外し、ミハラに事の顛末を告げた。彼がコーラを買いに行ってくれている間に、ガソリンスタンド脇のATM警備員の爺さんに頼み込み、重い荷物を預かってもらった。海賊船にでも乗っていたかのような皺が顔に深く刻まれたこの爺さんが信用できるか否かの議論をしている余地はなかった、というかその位焦っていた。

小店の前に自転車を横たえ座り込み、もう一度折れた金属パーツを見て、どうにもならないことに絶望した。ミハラが買ってきてくれた、あれだけ楽しみにしていたコーラは、味のない液体のようだった。腹に双子でもいるんじゃないか、ってほどに全身が重かった。


荷物を全て捨てる、または、バスで次の大きな街へ移動し修理する。

もうどこの店もシャッターが降りていて、今からこの町でなんとかするのは難しい。それ以前に自転車の特殊なパーツが充実しているだろうと楽観できるほどRehobothは大きな町ではない。

前向きにどうするか考えるのを最早諦めかけていたその時、通行人が声をかけてきた。ケープタウンを自転車で目指していること、だが初日にして自転車が壊れてしまったことをその彼に告げると、少し驚いた顔をしてから、「俺の弟が直せるかもしれない。家に来なさい。」と言った。

この時、辺はもう真っ暗である。まさに鶴の一声ではあったが、全面的に100%見ず知らずの他人を信頼し、夜の町の中どこにあるかも分からぬその彼の家にホイホイと招かれるほど僕も不用心じゃない。人の良心・善意を信じる信じないの問題ではなく、旅とはそういうものなのだ。

だが、ここに座っていても何の前向きな希望も見えてこなかったから、貴重品を全てミハラに預け、僕は彼と2人、町外れにあるという彼の家へと向かった。若干の恐怖はあったが、このまま自転車を続行できない事の方が嫌だった。


暗闇の中を15分くらい歩いただろうか。彼は銀行の支店長をしているらしく、その自宅は実に豪勢だった。ブランコがある広い庭、車が3台は余裕で入る車庫、愛らしい子供達、毛並みの良い犬と猫、といった具合に、絵に描いたような金持ちだった。だが金持ちにありがちなイヤラシい感じは一切なく、突然の来訪者である僕を家族全員が招き入れてくれた。夕飯の最中だというのに弟と奥さんが協力してくれ、折れた金具を外側から簡易的に覆う様にして自転車を直してくれた挙げ句、帰り道は軽トラでミハラの待つガソリンスタンドまで送り届けてくれた。

こういう時、いつも自分を恥ずかしく思う。やむを得ないとはいえ、疑ってかかってしまって本当に申し訳ない、と。同時に、世界は想像しているよりも、優しく温かいキモチで溢れているんじゃないかな、と思う。


満面の笑みでガソリンスタンドに戻ると、ミハラは警備のおじいちゃんと話し込んでいた。なんとかなったぜ、と伝える。まあ分かってたけどな、という顔をミハラがする。ギターを持ってきて、唯一の持ち曲であるMr.Childrenの「終わりなき旅」を弾く。おじいちゃんが嬉しそうにタイミングの悪い手拍子をくれ、エリッククラプトンを執拗にリクエストしてくる。楽しそうな雰囲気を嗅ぎ付けてか、地元の酔っぱらった若者が集まってくる。彼らに僕らの旅の概要を話すと、「お前らはクレイジーだ!」と大笑いする。肩を組んで写真を撮って、くだらない話で笑い合う。本当に、温かな夜だった。

何の権限があってかは分からないが、警備のおじいちゃんがガソリンスタンド脇にある潰れたコンビニを開けてくれた。「外は危ない、中で寝なさい」とのこと。鼠の糞尿で多少臭いはするが、治安の善し悪しが分からない場土地で、屋根の下で寝られるのは有り難い。お言葉に甘えることにして、店内にテントを張り、ドラマ続きだった長い一日を思い返しながら眠りについた。

(動画はコチラ

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