2012年3月25日日曜日

カスバの歩き方




ワルザザートからティネリールを経てエルラシデぃアを結ぶ東西のルートを、カスバ街道と呼ぶ。カスバとは、城壁で囲まれた要塞のこと。この街道沿いには、土レンガで造られた大小のカスバが多く残っている。また、ダデス川、トドラ川などが美しいオアシスと渓谷を造っていて、訪れる旅人に安らぎを与えてくれる。町に降り立てば、カスバを中心とした土色のほこりっぽい町並みと、周囲を取り巻くオアシスの緑が対照的だ。

昔はサハラの向こう側のブラックアフリカとアトラス山脈の北側とを結ぶ重要な通商路だったという。今では、サハラのメインストリートを走るのは大型の観光バスだが、当時はラクダのキャラバンだった。この壮大な風景を見ながら、何日間もかけて旅をしたことだろう。そんな往時を偲びたいなら、小さなカスバに紛れ込んでみるのもいいだろう。北側の背後にはアトラス山脈が控えていて、麓の村々はトレッキングルートの入口にもなっている。

(地球の歩き方より抜粋)



初めてカスバという言葉を知ったのは、出国前に何気なく手に取った大竹伸郎氏の「カスバの男」という本だった。アーティストである彼がモロッコを旅したときに目にした数々のリアルが、独特の言葉で興味深い切り口から描かれていたのが印象的だった。

「カスバ街道」

歴史にまったく精通していない僕ではあるが、その言葉の響きは、このちっぽけな旅人の自尊心をくすぐる何かを持っていた。



マラケシュを発ち、ワルザザートに到着するや否や、ティネリールという町にやってきた。石っぽい砂漠のオアシスを囲むように造られたほこりっぽい小さな町。歩いていると砂漠ツアーの客引きがそこらじゅうから声をかけてくる。

ティネリール2日目、僕は自転車を借りてトドラ渓谷を訪れることにした。

片道15キロの山道と聞いていたが、ティネリールから、かの有名なトドラ渓谷までのカスバ街道の一部を、往時を偲びながらゆっくりゆっくり自転車を漕ぐのはなかなかに気持ちがよさそうに思えた。



近所のホテルで1日100DHで自転車を借り、朝9時に水と小説とカメラを持ってティネリールの町外れの坂道を下り始めた。

昨日まで空を覆っていた薄雲は砂漠へと流されたのだろうか、気持ちのよい青空が広がっている。砂埃にまみれたマウンテンバイクは、ギアをかえるとギシギシとチェーンが軋む音がした。



道は割と舗装されているが、車が通る度に砂塵が宙を舞う。目を細め、刻々と日差しを強める太陽を背中に感じながらトドラ渓谷行の看板を左に曲がると、右手にオアシスが広がり、その奥には土壁で作られたカスバが聳え立っていた。

「このカスバは何隊のキャラバンを見送ってきたのだろうか。」

そんな他愛無い想像に思いを馳せながらシャッターを切る。



15分ほどで街中を抜け、視界が前方一面に開けた。谷のような岩山と、すーっと伸びる一本道。雲1つない青空の下、淡々とペダルを漕ぎ続ける。車輪が一回転し少し進む度に心が軽くなっていくような気がした。

しばらくすると岩山の麓に辿り着いた。一本道がそれを這うように続いている。

「これ、登るのか・・・」

高校から帰宅部を極めつくした生粋の文科系男子にこの坂道はなかなかキツい。自転車を降り、重力を両腕に感じながらゆっくりと登り始めた。このとき既に10時。



「時間は十分あるんだし」、と開き直り、時々立ち止まっては景色を楽しみ、赤い大地を踏みしめながら進む。欧米人の乗ったキャンピングカーがビュンビュン脇を通り過ぎてゆく。そんなに急がなくてもいいじゃんか。ポレポレ。

息切れしながら辿り着いた岩山道のピークからの景色は圧巻だった。さながらモニュメントバレーやエアーズロックのような岩山が赤褐色の大地から隆起しており、また、小川を沿うようにナツメヤシがオアシスを形成している様が一望できる。赤と緑と青、三原色のコントラスト。絶景だ。




時間と我を忘れ景色に魅入った後、再び自転車にまたがる。ここから先は下り坂。右手には群生するナツメヤシ、左手には岩山を這うように造られた家々。流れる風景と風を五感で感じながら、どこまで続くかも分からない一本道を、ただただ進む。

ときどき立ち止まってはカメラを取り出し、壮大な大自然に感嘆を漏らしながら走っていると、岩山に囲まれた静かな村に入り込んだ。小川のせせらぎと小鳥のさえずりが木霊する。桃源郷に迷い込んだかのような錯覚に陥る。

桃の木が桜みたいできれい




そして遂にかの有名なトドラ渓谷に辿り着いた。聳え立つ断崖の底を歩いていると、蟻んこにでもなったような気分になる。ビル風ならぬ谷風が強く、日陰は肌寒い。風と逆向きに流れる水はひんやり冷たく、魚が群をなして泳いでいた。時刻は12:00。片道約3時間のサイクリング。

リンゴ味の炭酸ジュースを買い、適当な岩に腰掛ける。炭酸が喉ではじける。最高に美味い。iPod touchをポケットから取り出し、音楽を聴きながらのんびり。絶壁に挟まれた空の青が眩しい。








土産物屋のターバンを物色したり、ノマド(遊牧民)がヤギを連れて歩いてるのを眺めたり。穏やかで緩やかな時間。忘れかけていたシンプルな何かを思い出したような気がした。

帰りは行きより下り坂が多く、楽に自転車を漕げた。来るときとはまた風景が違って見えるのは不思議だ。



トドラまでの道中、行きも帰りも人がほんとに良かった。広場で遊んでる子供たち、店番してるおじいちゃん、レストランの表で談笑してたおっさん、民族衣装でバイクにまたがるにいちゃん、土産物屋のおばあちゃん、他の旅行者や畑仕事していたおじさん…

皆、手を振り「アッサラーム」って笑いながらアイサツすると、ニコってうなずきながらアイサツ返してくれる。多分、この日だけで200回以上微笑んだ。

自転車ってすごくイイ。自分のペースで走れるし、そこの人たちとの距離感も遠すぎない。通り過ぎるときに軽くアイサツし合うくらいの時間ができるのも素敵。チャリダーの気持ちが少し分かった気がした。これはハマる。



帰り道、岩山の一番見晴らしが良く、すわり心地の良い岩の上に座って、目の前に広がる風景を楽しんだ。太陽が沈むにつれて岩山の影が、赤い大地を這うように伸びていく。フジファブリックの「茜色の夕日」に聴き入っていると、時間が経つのを忘れてしまう。遠くの山々が西日で白く霞んでいるのが幻想的だった。




誰もいない坂道を大声で叫びながら下ってるとき、「自転車できてよかった」って、本気で思った。トドラ渓谷自体もすごいけど、そこに至るまでの道のりも十分すぎるほどの見所だ。車で立ち止まりもせず突き抜けてしまうには勿体無さすぎる。

宿に戻り、熱いシャワーを浴びながら感じたのは達成感だった。岩山のてっぺんから見たあの風景を、僕はきっと一生忘れないだろう。

自転車。個人的ベストなカスバの歩き方。オススメです。



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