彼らの名前は「マルコ」と「アンドレア」。スペイン人バックパッカーで、エチオピアを一ヶ月間夫婦で旅して回ってる、とのこと。
2人と出会ったのはラリベラのホテル。隣接されたレストランのテラスで、従業員にバハルダール行のバスについて質問していたのを耳にし、「僕も明日バハルダール行くんです~」と声をかけたのだった。
翌朝4時半、眠い目を擦りながら3人でミニバンに乗り込んだ。夜間のバス運転が規制されているエチオピアの移動の朝は頗る早い。
ガッシャナという町で乗り換えのバスを待っている間、香り豊かなエチオピアン珈琲を片手に会話に花を咲かせた。
マルコはスペインで活躍する画家。旅が趣味で、1年のうち半分近くは諸海外を一人放浪するというだけあり、髭面の風貌は確かに百戦錬磨の風格を醸し出していた。特に東南アジアがお気に入りらしく、旅での経験・インスピレーションを作品にすることも多いらしい。
「スペイン人=ラテンのノリ・陽気」なんていう先入観があったが、彼は独特の雰囲気を持っていた。基本は明るく所かまわず冗談を飛ばすムードメーカーだが、時折何処か落ち着いた哲学的な表情が垣間見えた。
アンドレアはルーマニア生まれの大学院生。テキサスの大学に通っていた彼女とはテキサスのあるあるトークで盛り上がった。英語が非常に堪能で、実際最初アメリカ人かと思っていた程だ。マルコほど旅慣れてはいないものの、年に一度は彼とこうして旅をしているのだという。
彼女の興味の幅と知識は広く、それらに関する自身の考えを表現できる英語力が羨ましかった。
バハルダールの宿に着き、成り行き上そんな2人と部屋をシェアすることになった。「夫婦とルームシェアとかちょい気まずいなー」なんて最初こそ思っていたが、互いに変に気を使うこともなく、結局数日間を共に過ごした。
(写真は3人で観光した「青ナイルの滝」 これが白ナイルとスーダンで合流し、ナイル川になるという)
(写真は3人で観光した「青ナイルの滝」 これが白ナイルとスーダンで合流し、ナイル川になるという)
2人といる間はほとんどずっと喋っていた。他愛ないお喋りから、お互いの国の文化、政治、歴史の話、2人がラリベラに来る前に訪れたエチオピア南部部族の話...
そして「これまでの旅(人生)」、「これからの旅(人生)」について。
文章にするとたったの数行で収まってしまうけれど、なかなかに濃い時間を共に過ごした。
思えばアメリカから帰国以来、こんなに英語漬けだったのは随分と久しぶり。
「多少なりとも英語話せてよかった」って思う半面、会話が込み入った難しい話になると途端に大筋を追う程度にしか分からなくなるし、語彙も圧倒的に少ないし、自分の意見を100%伝えきれず、そんな自分の英語の勉強不足を再実感させられることも多い数日間だった。
けれど、「色んな国の人と、色んな話できるようになって、世界中に友達つくりたい」という留学を決意したときの漠然とした夢は今こうして叶ってるのかもしれない、そんなことを思うとなんだか嬉しかった。
旅の醍醐味の一つは、間違いなく「出会い」。日本人だろうがそうじゃなかろうが、「普通」に暮らしてたら会うことがなかっただろう人たちとの出会いは、人生を豊かにしてるって本気で思う。
異国に身を置き、同じ風景を見て、同じ飯を食べて、同じ空気を吸って、そうやって共有した時間は、それこそ年齢や国籍なんかの壁をなくし、関係をより密にする。
日本を発ち、気づくと4ヶ月が経っていた。今回の旅の三分の一を振り返ると、いつも誰かとの出会いがあった。その連続がここまでの旅そのものだった、って言っても過言じゃない。
2人とはバハルダールの後、首都アディスアベバでもう一度再開した。彼らのスペインへのフライト前夜、タイトゥホテルの一室で語り明かし、別れ際、「本当に有難う、本当に楽しかった、本当に出会えてよかった」、そんな気持ちをハグに強く込めた。
マルコとアンドレア、次に会うのは日本かスペインかアメリカか、はたまた世界の何処かか分からないけど、一生連絡取り続けていきたい。
こうやって世界中に大切な人ができてけば、戦争とかなくなるんじゃないかなー、なんて。ぺろり。
本当はもっと一杯「旅の出会い」やら「マルコとアンドレアのこと」やら書いたんだけど、
見事に全部一度消滅しました。激萎えです。けっこう自信作だったのにー。
ということで書き直したものです、今回の記事。要は「旅の出会いさいこー!」ってことで。
今アディスアベバでケニアへ南下する準備中です。今週中にはナイロビ着けるか?!
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