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早朝、守衛交代の時間だ、とおじいちゃんに起こされた。ここは何処だ、と寝惚けた頭で一瞬考えるも、すぐに自転車旅が始まったことを思い出した。
空はいつも通り気持ち良く青いが、北の彼方に雨雲が見える。どうやら寝ている間に雨が降ったようだった。水の調達をしたかったので店を探そうとすると、おじいちゃんが「うちに来い、珈琲を飲もう」と言う。開店まで暫く時間があるようだったので、お言葉にまた甘えることにした。
おじいちゃんの家は、だだっ広い空き地のような柵もない敷地の隅に建っていた。家、というよりは小屋、といったほうが適切だろう。電気も水道もなく、奥さんが寝ているシングルベッドが1つ、それと廃品のようなソファーが1つ無造作に並べられたシンプルすぎる自宅だった。
彼は南アフリカ出身だが、ナミビアに移り住んでもう数十年になると言う。暮らし向きは明らかに良くはなく、夜間の警備の仕事も物価の高いこの国では雀の涙ほどにしかならないそうだ。
「どうだビックリしただろう?おれは貧しいんだ、ワッハッハッハ!」
そう豪快に笑いながら、乱雑にちぎった新聞紙の切れ端で安煙草を巻いて吸っていた。おじいちゃんが淹れてくれた珈琲は、滲み出る安っぽさを大量の砂糖で誤摩化したような味がしたが、何故だろうか、すごく美味しかった。
「...美味しい。」
そう素直に告げると、おじいちゃんはまた豪快に笑った。
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町の規模に不釣り合いな程大きいスーパーの開店を待つ間、店の前で朝食をとった。サバ缶のような魚缶詰がとてつもなく美味い。汁まで全部すすってしまった。ミハラもどこか満足そうに食パンを齧っていた。
水を補充し、ドラマみたいな夜を過ごしたRehobothを後にした。キャリアーの調子も良好。「さあ今日も漕ぐぞ!」そんな風に意気込みペダルを漕ぎ始めた30分後、早速トラブルが発生。今度はタイヤの空気が足りないようで、0.5秒おきに自転車がガコッガコッと振動する。仕方なく空気入れを取り出し直し修理を試みるも、何故か空気が入らない。もしかしたらパンクかもしれないが、パンク修理は自分じゃできない。ミハラはこうしてる間に随分先に行ってしまっている。
どうするどうする・・・、迷った挙げ句、ヒッチハイクをすることにした。自分にできる最大限に不幸な顔を満面に、路傍の自転車脇にこれまた不憫そうに座り込む。我ながらなかなかに間抜けな絵であるが、幸運にもすぐに車が停まってくれた。
礼を述べようと運転席を覗くと、なんと昨晩一緒に馬鹿騒ぎしていた若者の1人だった。自転車と共に荷台に乗り込み、実に快適な風を全身に受けること10km弱、炎天下で自転車を漕ぐ阿呆がいた。「ミハラー!」トラックの荷台で大きく手を振る男を乗せた自分を追い抜いていく車を眺めるその光景は、さぞ愉快だったことだろう。車を降りるとミハラは「オマエwww」と笑っていた。
その後再びミハラが先行し、南へとただひたすらに真っすぐ続く炎天下の一本道を1人走り続けた。昼も近くなっていたので、休憩をしようと日陰を探すが木陰が見つからない。
大小様々な石々と乾燥に強そうな植物が味気なく広がる不毛の大地。景色の変化の無さに、ふと自分が何処にいるのか分からなってくる。360°の贅沢な大空にも徐々に嫌気がさしてきた頃、小高い坂道脇の小さな木陰に銀マットを広げて昼寝をしているミハラを見つけた。声をかけるも反応はない。僕も隣に横たわって、30分ほど目を閉じた。
後で分かったことだが、この時ミハラは軽い熱中症気味で朦朧としていたそうである。
昨日は「風」という大自然の猛威に圧倒された1日だったが、2日目は「暑さ」にとことんやる気を削がれた。正確な気温は分からないが、40℃くらいだろうか。肌を焼くような日差しなので、体感的にはもっと暑く感じる。
喉を潤そうと水を飲めども、ほとんどお湯のようなそれでは渇きが癒せない。結果、量を飲んでしまうため水の減りが頗る早い。丁度一番気温が高い時間帯に木陰が全く見当たらなかったのも、更なる疲労への一端を担っていた。
ナミビアではどうやら夕時になると雲と風が出始めるようで、4時を回った頃から空に黒ずんだ雨雲が何処からとも無くひょっこり現れた。雨対策が皆無だったため、できるだけ雲との距離をあけて走るようにしていたが、途中雲に完全に捕まってしまった。けれど土砂降りではなく寧ろ小雨で、火照り乾いた体に実に心地よい。
僕の真上だけに小さな雲があって、僕の周りだけがしとしと濡れてゆく。小粋なサービスのつもりなのだろうか、その名前をつけたくなる程に愛嬌ある雨雲は僕と同じスピードで南へと流れていた。雲と一緒に走ったのは生まれて初めてだ。小雨ゾーンを飛び出し光が始まった瞬間の高揚は忘れられない。
次の町まで約30kmほどの木々が多くなり始めた場所で野宿することに決めた。19:30には日が沈むので、無理をして町の手前で野宿することになるよりは安全だろう、という判断だ。
ミハラを待つ間、水を求めて国道を100kmで走る車に手を降った。30分ほど粘ったところ、2台が停まってくれて、うち1台は1.5Lのカチコチに凍ったペットボトルをくれた。水がない状況での氷ペットボトルは、叫びだしたくなる位心底嬉しいもので、サハラ砂漠で名も知らぬおじさんからも氷ペットボトルをもらったことを、ふと思い出した。
「人に優しくされたとき、自分の小ささを知りました」、例によってMongol800の「あなたに」が脳内自動再生され始め、すこし涙が出た。
ミハラが到着したのは18:00を過ぎた頃で、トラックの荷台に自転車を乗せ「ウィーっす」などと笑いながら手を振っていた。なんともデジャヴな光景である。話を聞くと、3回連続でパンクしてイライラしていたところを乗せてくれたそうだ。
この国道沿いには時折マキビシのような植物の種が落ちており、コイツが見た目の小ささや枯れ加減からは想像できない程にカタくてトンがっているのだ。気づかずにタイヤで踏みつけると一瞬でパンクする、という何ともチャリダー泣かせなこの憎き植物に、僕らは「俗称【ナミビアトゲトゲ】学名【ナミビアンデビル】」と命名した。
この日は心底疲弊し切っていた。風だけならまだ良いものの、この暑さ、である。予想外も甚だしい。その上、町と町の間にガソリンスタンドやら地図にないような小さな村くらいあるだろう、という楽観すらも全否定された。文字通り、無補給地帯なのだ。
1日100kmなんて不可能じゃないのか、そもそも我々は生きてケープタウンに辿り着けるのか。そんな先行きの見えない不安に対し、焦燥感と絶望をブレンドした感情に駆られていた。
だから、神様の小粋な計らいなのであろう。この日の夕焼けは言葉を失うほど美しかった。遠く西の荒野に沈む赤い球が薄く棚引く雨雲のカーテンを不思議な色に染め上げ、世界を神秘のベールで包んでいた。美しい心打たれる夕景は旅中に、これまでの人生に、何度も目にしてきた。だが、この日のそれは一線を画す何かを内包している、そんな切実さがあった。道路に寝転がり、ふと今晩の寝床である頼り無さげな木に目をやると、その上の空にうっすら虹がかかっていた。
「大自然、飽きた」「看板が見えるだけで嬉しい」「ビルが見たい」そんな文句を口々にしながらも、夜が訪れるまで西の空を眺め続けた。
(動画はコチラ)
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